「死仮面された女」(横溝正史)

未完作品、ところがその続きを読んでいたのでした

「死仮面された女」(横溝正史)
(「横溝正史少年小説
  コレクション③夜光怪人」)柏書房

その女の命は眼にあった。
いくらか碧味をおびた瞳は、
深淵のようにすんで、
まじまじと物を見つめるとき、
対象となるものを、
そのまゝ瞳のなかへ吸いとろうと
するかのようであった。
その女はいつも悲しげであった。
三ヶ月の…。

粗筋を書こうにも書けず、
冒頭の一節を
抜き書きさせてもらいました。
なぜならわずか8頁の
未完成作品だからです。
しかしながら本作品は、
柏書房刊「由利・三津木探偵小説集成」
完結したものと思われていた
由利・三津木コンビ
シリーズ作品の一端であり、
これまで単行本収録されていなかった
ものなのです。

本書解説には、
以下のように記されています。
「本来であれば
 〈由利・三津木探偵小説集成〉に
 収録しておくべき作品であったが、
 同シリーズの編集中は
 未発表原稿のことまでは
 頭が回らなかった。
 読者の方からの指摘を受けて、
 遅ればせながら、本書に付録として
 収録する次第である。

【主要登場人物】
野口慎吾
…ある女のデスマスクを作成した
 芸術家。
中里妙子
…デスマスクについて相談に来た客。
由利先生…私立探偵。

未完ではあるのですが、
なかなかに興味を引かれる冒頭です。
死んだ人間のものと思われる
デスマスクが、もしかしたら
生きている人間のものかもしれない。
三姉妹の一人のデスマスクが、
他の姉妹に送られてきて、
デスマスクの当人が生きていては
不都合なことがありそうな
予感がしている。
いかにも横溝らしい
おどろおどろしい幕開け場面です。
これからどんな物語が
紡ぎ出されるのか?
横溝ファンなら、
誰しもが期待してしまうでしょう。

ところがその続きを、
私は三十数年前に読んでいたのでした。
本作品、実は金田一耕助シリーズ
「死仮面」(1949年発表)の冒頭と
ほぼ同じです。
正確には「死仮面」の
「死仮面をつくる男」「三人の異母姉妹」の
2つの章と続く「不幸な母」の
冒頭部分にあたります。
告白文から成り立っている
「死仮面をつくる男」の文体が
常体から敬体へと変わっているほかは、
ほとんど内容的には同一です。

「死仮面」自体、
1949年に雑誌連載されながら、
いつしか忘れ去られ
幻の作品となっていた作品でした。
1980年頃掲載雑誌が
発見されるのですが、
八回連載のうち一回分が紛失のまま、
その紛失分を中島河太郎補筆で
埋め合わせ、
1982年にカドカワノベルズ、
1984年に角川文庫から
出版されました。
さらにその欠落分も発見され、
1998年に春陽堂文庫から
再刊行されています。

おそらく1949年以前に
由利・三津木シリーズとして構想され、
行き詰まりを見せて
お蔵入りとなった作品なのでしょう。
これもまた貴重な作品なのです。
由利麟太郎が
解き明かす予定だった「謎」を、
金田一版「死仮面」で
じっくりと味わいましょう。

(2021.9.26)

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